新うきさと通信 

三重県の山里から

 「持続可能なコミュニティー」とは?

               草刈り代3万円の弁償を

 カタ、コト。暗闇の中で乾いた音がする。また来たのか。引っ越したものの、運び残した荷物を取りに戻っているのだ。月に2、3回のペースで、もう2月ほど続いている。

  玄関の引き戸を開け、名前を呼んだ。間違いない。真横の石垣の前からノドが潰れそうな声を張り上げた。

 「いつ刈る気ぃや、この草」

 「ハイ、刈ります」

 夫の声。

 「山楽さんの畑をどうした」

 「お返ししました」

 「草を刈り取って、元のきれいな状態にして返す約束になってたんやろ。あんたらが放ったらかすから山楽さんは怒って近くの別の人に3万円で刈り取ってもらったんや。弁償しろ。みっともないマネするな。年寄りいじめするな」

 応答はない。

 翌日、町からの帰途、山楽さんを訪ねた。昨夜、小野川夫妻が謝罪に来たという。が、のっけから、「怒っておられるそうで」と切り出したらしい。

 「こんな謝り方、ありますか。なぁ」

 怒りより、呆れ。

 「お金のことは口にしましたか」

 「いいえ…新しいところで元気にやり直してくださいって、励ましました」

 「そんなこと…このまま許してはいけませんよ」

 「ええ…でも、もうよろしいわ」

 「いけません。そんないい加減なことを言ってるから人をバカにし、世の中を舐めるんです。彼らのためにもなりませんよ…いい加減、という言い方は失礼ですね。山楽さんは優しいのですね」

 老女は薄く嗤った。

 老女の田は当方が仲立ちし、小野川が借り受けた。が、まる2年間、畦や空き地の草は生え放題。コメさえ穫れれば、あとは知ったことか、と言わんばかりのやり口に、老女は怒り,萎れていたことを、後で人伝に知った。地主は借り手の扱い方を観ている。借りたからには何をしても構わない、というものではないのだ。農地を荒らすことは恥であり、引き継いだ先祖への罪なのだ。彼らはその情理を踏み躙っている。似たようなことは、ほかでもやっている。

 夫38、妻42。3年半前、世話になったムラの老女Rの頼みで空き家になっていた隣家を紹介した。家主の意向で家賃はタダ。移住10日目にとんでもないことを明かした。

 「犬がいるのですが…犬は嫌いですか」

 秋田犬2匹、柴犬1匹。ペットならともかく、成犬3匹とは何事。なぜ、事前に打ち明けない。移住を断られるかも、と恐れたことを、「追及」の果てに吐露した。世を欺いた者の、すること、成すことの悪どいこと。その犬も、翌年の秋、虐待で死なせた。この間、畑にヒモで繋いだまま、ただの一度も散歩に連れ出したことはない。後半は食事もロクに与えず、骨に皮を被せたように痩せ細った。

 遠い県外にいる家主がやってくると判るまで、約束した石垣の草刈リを放ったらかす、70㍍の井戸のホースを過って破損、修理してもらった近くの老人に代金を払わない、夜勤に間に合わないのか、故障した軽トラの代わりに貸したバイクの燃料を補充せずに返す、チェーンソーで足を切った夫をクルマに乗せて医院まで走ったのに、一言のあいさつもしない妻、老人のコンバインを無断で売り飛ばし、カネをくすめる…。

 「お年寄りの見守り隊としてやってきました」と、Rには話していたというが、消防団でトラブルを起こし、居づらくなって転居してきたことが、後になって判った。タダの借家も、自治会の役員には「買った」と、ウソで体裁を繕っていたらしい。

 引っ越しの目的は、会員登録しているNPOが買い取った古民家に管理人として入居、耕作放棄地で農業をするため、という。持続可能な住み良いコミュニティを作る、という希望に溢れた美しいNPOの理念を得意気に話した村見学の大学生たちに恥ずかしくないのか。「ここでやってきたことは、どこまでもついて回ることを忘れるな」と、送辞したのだが。