これでも21世紀の日本?。24年前、町から標高330㍍の山の集落へ移住したことで、それまでの世界―日本―自己という、信じて疑わなかった存在体系がガラガラと崩れ落ちた。「日本」と「自己」の間に「地域」が割り込み、呆れ、のけ反り、怒り、嗤い…。
その生々しさは、まるで、人間の刺身を味わっているよう。「伝統」、「習慣」などという手垢にまみれた言葉ではとてもやり過ごせない。かつての民俗学は旅人によって創られた。が、真実・深層は暮らしてみなければ解らない。以下は、当年84歳の、老人の、感慨の断片である。タイトルの「続」は、本題で10余年前に電子出版したことによる。
「ここには、ここの習慣」
「ここには、ここの習慣があるんや。黙って知らん顔して、今まで通り使うたらええんや」
「けど、土地の所有者が変わったことを知った以上、知らん顔はできません。新しい名義人の許可をもらわんと、道義的にも、法的にも問題になります」
「あっ、そう。それやったら、どーぞ、どーぞ」
住職は、両手の掌を膝に降し、外側に向けて2度、3度、穢れた生き物を追い払うように煽った。視線が針紛いに尖っている。
「そんな冷たいこと、言わんでも…」
低く、静かに急所を衝いた。仏教、中でも親鸞を宗祖とする浄土真宗は、他人―衆生の罪障を「大悲」で包むはず。狙いは的中し、住職は黙り込んだ。
所有者が変わった土地は、40坪ほどの空き農地。自宅の真下にあり、駐車場のほか、町からムラへやってくるクルマの方向転換に使われている。持ち主は他県に居たが、20年ほど前、夫を亡くした新興宗教の信者の老女がムラの友人宅を訪れた際、草刈りと引き替えにタダで使わせてもらうことに。
途中、老女は死去、10年ほど前、ムラに顔を見せた子息に事情を説明、引き続き使うことに快諾を得た。が、昨年、空き地の所有者は別の土地改良の業者に変わった。当然、空き農地は利用できなくなる。
住職を訪ねたのは、その情報のほか、業者が太陽光発電を建設するらしい、との風聞を伝えるため。住職の反応は予想に反し、全住民に関わる発電所の建設ではなく、空き農地に集中した。
「律儀ねぇ」
横に立っていた坊守が小さく漏らした。
「太陽光発電のことでお邪魔したわけですから」
「法律に基づいてやるんなら、どうしようもない」
住職は吐き捨てた。
この間、10分足らず。
ここには、ここのやり方がある。またか。その習俗は伝統として大切にしたいが、それは、過ちを正当化する理由にはなるまい。ここは、日本なのだ。日本の法律が適用される。自分を中心に、半径1㍍から外の世界には無関心。自分の頭の中にあることが世界の全てという思い込みにがんじがらめ。この国の21世紀の現実がある。
「失礼しました」
深く叩頭し、踵を返した。
この場合、住職の言う「習慣」は、「慣習」と言い表すべきでは。参道を下りながら、そう思った。彼は有名私大の出身。
翌日から駐車を別の場所に移した。ひと月ほど経ち、新名義人に出合った。事情を説明すると、眼を光らせた。
「そ―かいな。けど、そんなこと打ち明ける人、滅多におらんで。どーぞ今まで通りに使てんか」。
不参加者を公表
自治会に加入して3回目の寄り合い。組単位なので出席者は7人。男女半分ずつ。平均年齢70前後か。テーマは、1週間前の年に1度のムラの旅行報告。会計報告が終わると、色白の組長が手元の紙切れに厳しい視線を落とし、参加しなかった住民の名を読み上げた。
6人いた。
゛新人゛なのを弁えず、質した。詰り口調だったかもしれない。
「名前を公表するに当たって、本人の了解を得ているのですか」
「いや、得てへん」
「人権侵害ですよ。それは。そんなこと町でやったら大問題になりますよ。やめたらどうですか」
「そうは言うても、ずっとやってきとるし。公表せんことには…」
それがどうした。なぜ、そんなことを言うのか。そんな思いが溢れていた。
全員、石像のように押し黙っている。同席している会長が怖いのだ。専制君主として君臨し、だれも逆らえないらしいことを噂に聞いていた。「ここは、日本なのだ」。舌の先で躍った言葉を吐き出せなかった。賛否で勝ち目がなかったからだ。
1時間を超える寄合が終わり、闇の戸外へ出た。耳元で男の声が呻いた。
「よう言うてくれた。あんたの言う通りや」
「それなら、なんで黙っていたのですか」
「そんなこと言うたら、ムラにおれんようになるがな」
感想を伝えるべき
食べ物をもらい、本を借りたら、必ずその感想を相手に伝えねばならない。いずれもカラダとココロの栄養源(エネルギー)なのだから。他のものとは質が違うのだ。それを語り合うことで、互いに気付き、教えられ、世界は広がり、深まる。
細やかなさつまいも農園を手掛けている。大半は子ども食堂に届けるが、一部は知人や数人の村人に分つ。が、受け取り時には型どおりの礼を言うが、後はなしのつぶて。道で出会っても素知らぬ顔。
たった1つの例外が。数年前、ある女性に干し柿を贈った。3日目の夜、電話が鳴った。「なんて美味しいの。売れるわよ」。女性の声が弾んだ。柿の産地、作り方のノウハウなど、熱心に訊かれ、年甲斐もなくウキウキ。「至誠にして動かざるは、未だこれ非ざるなり」。吉田松陰が大切にした古代中国の哲人の至言を想う。
子どものような大人
予想を超えるスピードで進む少子・高齢化。この国の生き死にに関わる問題だが、もう1つ見過ごせないのは、大人の幼児化。「中2おとな」と揶揄されているが、子どものように幼い大人が激増している。
イモ堀りに3組の家族を別々に招待した。いずれも、中年の両親と小・中学生の子どもたち。初体験で、静かな山里に歓声を響かせ、楽しそうに一時を過ごした。
帰り際、親は軽く腰を折り、謝意を表したが、子どもたちは振り向きもせず、無言でさっさとクルマに乗り込んだ。親は何も言わない。走り去るクルマの後ろ姿を見送りながら、半ば茫然とした。
子どもに責任はあるまい。親がきちんと礼を言わさねば。「おっちゃん、ありがとう」。それだけでいい。「礼節」は日本人の美しい徳目の1つ。なのに親がそれに気付かない。親は、社会人に成長したときの我が子が人間関係で挫折、苦しむことを想像しないのだろうか。個人も、国家も、「礼節」を失うことで衰退する。歴史がそれを証す。
「あれでは、あかんわ」
車中、住職は甲高く言い放った。坊守の好意で、古い電動ベッドをもらった。隣町の寺に横たわっていた。中古だが、しっかりした作り。無住寺で、100歳を超えていた老妻も最近亡くなり、処分に思案していたらしい。
下見のつもりだったが、廃棄するには勿体ない。「ありがとうございます」。快く礼を言った。どっしりと、重く、軽トラへの馴れない積み込み。夫妻に詫びの気持ちが芽生えたが、住職の顔つきが固い。自宅に運び込み、再び謝辞を述べた。
「これではねぇ…」
これまで使ってきた折り畳み式の薄いソファーベッドを見て、坊守が洩らした。
軽い驚きが滲んでいた。よくこんなところで寝ているのね。そんな含意があったろう。
翌日、位置決めのため、再び夫妻に来てもらった。住職の顔は強張っている。
2週間ほど経ったか。別の所用で住職のクルマに同乗した。
「ベッドの調子はどうかな」
「お陰さまで快適です。ありがとうございました」
「あれではあかんわて、女房も言うとった」
「あれ」とは、薄いソファーベッドを指す。
坊守の名を借りた自分の本心の吐露なら、はっきり言えばいい。「お前は、あんな惨めなベッドで我慢してきたのか。恵んでやる。ありがたく思え」と。「善人なおもて往生す。況んや、悪人をや」と説いた宗祖親鸞は、如何に思召す。
「どこにでも、あるがな」
余命、1週間あるか、ないか。最期の時間を惜しむように輝き続ける薄桃色の光の束、山桜。負けるな、ガンバレ。熱い願いを込めて拍手喝采したくなる 小さな集落に空き巣が入った。神社の社殿屋根の銅板剥がし、さい銭泥棒、室外機の持ち去り…。この数年余、ネラわれているとしか思えないほどの事件続き。こんどは何?と、思い巡らせていた矢先…。
集落に実家のある町の中年男性と出会い、話しかけた。
「そんなもん、どこにでもあるがな。そやろ」
素っ気ない。まるで他人事。
「あんたは地域人やないから、そんなことが言えるんや」
図星だったのか。言い返しはない。
どこにでもあれば「問題」ではないのか。いじめだって、どこにでもある。自殺も絶えない。それでも、自分に関わりなくばソッポを向くのか。どこにあろうと、その問題は、その当事者の固有の問題なのだ。被害者の痛み、悲しみを自己に置き換える想像力がなぜ働ない。
問題の一般化は、人間の痛苦を概念化し、問題解決の根源的エネルギーを失わせる。
国家間の戦争は、そのなれの果てではないのか。